はい、どうも。私です。
お気持ち表明しがちなジャニオタです。ちょうど1年ってことで、例によって書きます。
1年前のあれこれはこれ。
4人と、3人と、わたしのハナシ。 - 1人と、5人と、わたしのはなし。
自慢じゃないが、記憶力があまりよくない。
老化なのか、スマホ脳なのか、ここ数年は特に「あー。はいはい・・・。そうでしたっけ・・・?」みたいなことがよくあって、自分に失望することもまぁ多い。
でも、ちょうど1年前の今日の出来事は、なんだかやたらと克明に記憶に焼き付いている。その時目に入った景色はもちろん感情も、昨日のことのようにはっきりと。
前日、祈るような気持ちで(というより実際に祈りながら)見届けた3人で立つ初めてのステージ。
時間はかかってもきっと届くはずだと信じていた。
彼らが歌声で、パフォーマンスで、表情で、そして何より歌わないことでぶつけた想いは、痛いほど切実に私の胸を打ったから。
私のオタクとしてのエゴは多分にあるが、きっと彼にとってもそこは戻らずにはいられない場所であるはずだと信じていた。
文字通りの祈りの夜を越えて、当時の職場でパートさんに溢れんばかりのNEWSへの想いを聞いてもらいなんとかかんとか1日を乗り切り帰宅。
本当に、大袈裟でも脚色でもなく本当に、帰ってリビングに入った瞬間にTVからニュース速報を知らせるアラームが鳴った。
「なんかあったか?」と何気なく見た画面には、彼の退所を告げる速報が流れていた。(何よりもまず「ニュース速報されるような事なの・・・」という驚きがあった)
嘘やろ。なんで・・・
もうそれしか言葉が出てこない。
前日の3人の顔が頭をかすめる。
「なんで?なんで??なんで???」
そればかりが脳内をぐるぐる回り続ける中、すがる思いで見たスマホには1件のお知らせメールが届いていた。
3人からの動画は、とにかく辛かった。
守れなかったと話すその苦しそうな表情に「守りたかった」という想いの強さを感じたし、一体このカメラの前に立つまでにどんな時間を過ごしてきたんだろうかと、あれからそれまでの期間3人に流れた日々を考えずにはいられなかった。
それでも力強く「3人でNEWSを守っていく」という意思をあの場ではっきりと言葉にしてくれた瞬間に、3人を応援し続けること、NEWSを愛し続けることを私の心は迷いなく選択していた。
その後ほどなくして例のツイッターが立ち上がった。
「嘘やろ・・・」
もう言葉も出なかった。
その後のTLの状況こそ、この1年で一番胸を抉った情景だったように思う。
そして一番鮮明に残っている記憶でもある。
それまでのどんよりを脱ぎ捨てて、嬉々として別れを告げて軽やかにあちらに向かう担当さんたち。
そりゃまぁ、オタクだしそれが普通なんだろうと思う。
誰だって自担が、そして自分が最優先だから。私だってその立場になればそうしていたのかもしれない。
今となっては彼女たちは、ある意味正しいファンだったと実感する。
後腐れなく、迷いなく自分の信じた彼に一直線について行く。オタクのあるべき姿だったんだと。
我がフォロワーさんたちは彼女らを「元気でね!」「幸せになってね!」口々にそう言って笑顔で送り出していた。
シンプルに凄いと思った。心底素敵だと思った。
でも、私には到底無理だった。
私はそんなによいオタクにはなれない。
どうしたって3人のあの動画の顔が浮かぶ。
3人を応援する決意は揺るぎないけれど、見渡したその先の道はまだ霧の中のようにぼやけて視界がはっきりしない。
「なんで3人があんな顔をして、なんで・・・」
そんな黒い想いを取り繕うことさえ出来なくて、ただただ胸を抉られ続けた。
そして1年の時間を超えて、あの日そんな光景に勝手に悲しんで勝手に傷ついた私は、この秋“あちら側”の人間になる。
もう一方の自担がグループも事務所も離れて外へ出て行く。
誰も傷つけないなんてことはきっと無理だけど、出来れば無自覚に誰かを傷つけることはしたくない。
どうしたら出て行く側のオタクが周囲を傷つけずにいられるか。
もっともっと初歩的に、私の喜びが人を傷つけることもあるってことだけは、忘れずにいなくちゃいけない。
あの日を経験したからこそ、時々ふとそんなことを考えてしまう。
それと同時に3人と1人も、そしてそのそれぞれのファンも、やっぱりそれぞれの選んだ場所で幸せであってほしいとも思う。
NEWSはその後見事なまでに力強く前進し続けている。
「STORYって終われるんだな・・・」オーラスの朝そんな言葉が浮かんでちょっと笑ってしまうほど、難関だった4部作の最終章も無事に完走した。
あの祈りのステージからきっちり丸1年の日に、お笑い怪獣を前にして楽しそうに話す3人にキャッキャと盛り上がる我がTL。
それだけじゃなく、本当に数え切れないほどたくさんの笑顔と幸せを3人は届けてくれた。
霧の中にぼんやりと想像していた「失ったもの」。
でも、あれから何度となく思う。
失いそうに思えたものも結局何も失ってなどいないし、何ならそれ以上のものをつかみ取っていると。
STORYを終えて不思議に思った事がある。
アルバム発売当初「今のNEWSにぴったりな曲ばっかりだ!」と思いながら聴いていた楽曲たち。
あれから世界の景色はいろんな意味で一変した。
そんな1年を経て改めてその楽曲たちを聴いて今思うのが、あの頃と全く同じ「今のNEWSにぴったり」なのだ。
「NEWSという概念」
いつだったか加藤さんがそんな話をしていた。
きっと、たぶん、それだ。
形は変わっても、根付いた概念は変わらない。
18年NEWSを守り続けてきた3人こそが、今やその概念の核だ。
とんでもなく強くて、それ以上にとんでもなくやさしい。
そんな3人が作り出す概念の世界は、これまで以上に私をわくわくさせてくれる。
あれから1年。
今日が本当の意味で3人とファンが作っていく一段ステップアップしたNEWSのスタートの日なのかもしれない。
「シゲとこやまとずっと一緒に歌っていたい」
そんなシンプルな夢を彼が、彼らが抱き続ける限り、叶えられる場所がこの先もずっと続いていくように。
そんな姿を出来るだけ長く応援し続けられるように。
そんな願いを込めて、あの日の気持ちを改めて思い出してみる。
痛みも悲しみも、その後の喜びや愛しさも、全部忘れず抱えて進みたいから。
それが私にとってのNEWSだから。
今日は、そんな1日です。
最後まで読んでくれた奇特な方には、これを。(笑)
そして、これも。
おわり。